三笠会館ものがたり
EPISODE
03
「父の5千円が拓く 次なる一歩へ」
善之丞の父・寅吉
商売のコツ
石の上にも3年。歌舞伎座前、間口2間・奥行き2間の店にも常連がつき、善之丞は無鉄砲にも、
新しい店を持った。
新店のキャッチフレーズは
「一日一品 毎日半額 深夜3時まで営業」
今日は何が半額かと問い合わせが殺到し、また、花柳界やタクシー運転手の間で、深夜まで営業していることが評判になった。そして、仲間を連れて再び店に来てくれるのだった。
善之丞は、「お客様が求めているものを売る。それが商売のコツなのだ。」と、友野や店員と共に懸命に働いた。
お金がほしい
その頃、東京では一大区画整理をすることになり、町の様子が一変。
「歌舞伎座の停留所の前に、間口2間半、奥行き11間、総3階建の店を、働き者の三笠の夫婦に借りてほしい。」
という思いがけない話が舞い込み、わくわくしたが、いかんせん資金がない。
善之丞は、「ああ、お金がほしい。」と、思わず天を仰いでため息をついた。
善之丞と友野が途方に暮れているところに、叔父の亀二郎が訪ねてきた。
叔父は、父 寅吉に頼まれて、善之丞たちを吉野に連れ戻しに来たのだったが、苦労して店を出している善之丞と友野を見て、
「兄貴が俺をよこしたのもご先祖様の引き合わせだ。新店の資金を作るよう兄貴に話をつけよう。」と吉野に帰っていった。

吉野(旧 小川村)の風景
父親の親心
善之丞の父 寅吉は、叔父の話を聞くやいなやカンカンに怒り出した。
だが、暫くすると、寅吉は沈痛な声で、亀二郎に
「ようし、金を作ってやろう。だが、善之丞の借金の返済で、もうわずかしか残っていない。それでも、俺が死ねば、いずれは善之丞のものだ。」
そして、決心したらすぐに行動する寅吉は
「しかし、金はやるのではない。貸すのだ。金の使い方、返済方法を決めたら、5,000円貸してやる。」
と、すぐに準備を始めた。
善之丞も、父親が苦労して作った金をもらうわけにはいかないと、「年1割2分の利息をつけ6年間で返します」と約束をし、父と叔父に再会した。
年老いた父を置いて再び上京するのは忍びなかったが、弱音ははかないと決め、汽車に乗った。
これが、父 寅吉との最期の別れとなった。
「スグカエレ」の電報で、急ぎ夜行に乗ったが、看取ることはできなかった。
ただただ泣くばかりの善之丞に、伯母は
「寅吉は、お前が毎月欠かさず送ってきた利息の為替と手紙を、嬉しそうに皆に見せていた。良いことをしてくれた。」と声をかけてくれたが、善之丞は悲しみにくれるばかりだった。
