三笠会館ものがたり
EPISODE
09
「本店ビル開業を前に」

三笠会館本店 一部落成記念の時の写真
逆境を転機に
1965(昭和40)年4月、本店ビルの鉄骨組み立てに先立ち、厳かに立柱式が営まれた。
善之丞、友野、登見代らが三笠会館の発展を願ってしたためられた写経は、辰雄と登見代の長男の善樹が支柱へ納めた。
工事は二期に分けて進め、半分の地所に仮営業所を設けて営業を続けた。 ところが、第一期完成をひと月後に控えた深夜、裏隣からの出火で仮営業所がまたたく間に延焼してしまった。
善之丞は腹を決めた。「焼けたものは仕方がない。ここで逆境を転機にする」
幸い全員無事で、第一期工事への延焼もなかった。仮営業所の取り壊しの手間は省ける。保険金も入る。第一期と第二期の工事を一括で進めれば工期は3か月短縮し、年末営業に間に合う。
「これこそ、禍転じて福ではないか」
善之丞は、本店ビルの幸先の良さを感じていた。
仮営業所で働いていた人たちは2つの店に分かれて働くことで、「三笠会館 西店」は深夜まで、「銀座フランス屋」は早朝から営業することができた。
本店ビル完成まで一致団結して乗り切る体制が整った。
採用と育成―現場を強く
本店ビルの竣工に合わせ、採用も始まった。
「サービス業は今後ますます花形産業になろうとしています」と掲げたところ、応募は約700名にのぼった。
幹部候補には入試問題が課された。計数(損益分岐)、論文、3分スピーチ、試食券で食事しその感想文提出、面接。そして、興信所の調査結果を経て、最終的に17名を採用。但し、3か月の試用期間を設け、実行力と店への馴染みを見極めてから本採用へ進めた。
同時に、在籍する幹部24名にも夜通しの勉強会を行った。経営理論、ブレーンストーミングなど、さまざまな点から研修やテストを行った。
仕事や研修は厳しいが、それだけでなく、社員のための慰安旅行も行われ、皆で一緒に楽しむ時間もあった。また、時には、善之丞に叱られた社員を、友野はこっそり呼んで、一緒に甘味を食べながら「憎くて叱っているのではないのよ。あなたの成長のためなのよ」と慰め励ましていた。
ただ採るだけでなく、お互い、協力し合って切磋琢磨していく。
善之丞と友野は、従業員を家族のように大切に育てていった。

社内報『るんびに』に掲載されていた求人
友の会と海外視察 ― おもてなしを磨く
娘婿の辰雄の一周忌の頃、新築ビルの地下1階・1階・中2階・2階が先行オープンした。
善之丞は、本店ビルの全館完成を見据え、感謝の輪を広げる「三笠会館友の会」を発足。
入会金2,000円で、2,500円の試食券や1割引券10枚の特典に加え、特別料理試食会やモニター参加なども用意し、「皆さまと共にあるレストラン」として開業準備を進めた。
また、工事の合間、善之丞は、ロンドンで開催される世界料理展示会を見に、初めて海外に出かけた。「せっかく洋行するのだから、欧州とアジア(ハンブルク、パリ、ロンドン、チューリッヒ、マドリード、カイロ、アテネ、バンコク、香港)の料理や菓子を食べてこよう」と、各国を巡った。
テーブルサイドでのサービスのカッコよさ、ローストビーフのワゴンの豪華さ、バースデーソングを歌いながらケーキで店中がお祝いする演出を見て、「帰国したら、すぐやってみよう」と胸に刻む。
海外の食文化の素晴らしさを実感しただけでなく、善之丞はパリのナイトクラブで黒田節を舞って拍手喝さいをいただくなど、最初は、海外に行くことに乗り気でなかった善之丞だったが、食事だけでなく、多くの人たちとの出会いや経験を楽しんでいた。
そして、旅先でも坐禅を欠かさず、さまざまな国で得た学びを実装へとつなげた。

パリ・ツールダルジャンにて、
調理人の腕前ぶりを見学する谷善之丞

社内報『るんびに』に掲載されていた「三笠会館友の会」の案内
本州店開店と社内弁当 ― 体制を整える
全館オープン前に、東銀座に「本州店」を開店。昼は本州製紙の社員食堂、夜は宴会料理に対応し、とくにランチは時間との勝負だった。
また、本州店で、三笠会館従業員のための弁当の製造も開始。栄養があり、美味しく、材料費は100円以内という条件が課せられ、料理人たちは他社の弁当を研究し、試食を重ねてレシピを組み立てる。
従業員は本店支店あわせて300名超。開業に向け、体制は着実に大きくなっていった。
他にも、善之丞は特徴あるメニューを求め、一般公募を実施。
応募は100点を超え、美大生から主婦まで個性的な作品も寄せられた。岡本太郎氏も審査に加わり、2点が選ばれた。
善之丞は既成概念に捉われず、新しいことへの試みに意欲を燃やしていた。
本店ビル完成
そして、とうとう本店ビル工事は無事完成した。
総工費約5億円。着工から2年の歳月をかけてできたビル。
善之丞と友野は、故郷の吉野を飛び出し、氷水屋「三笠」を開店したこと、そして今日までの出来事や、力を貸していただいた人、応援してくださった人、ひとりひとりを思い出しながら、完成した九階建てのビルを見上げた。
いよいよ、開業の日を迎える。
